2016年08月25日

長所伸展法でツキを吸引する。

執筆原稿より
耕作地を選ぶ場合、
まずその耕作予定地の長所、強みを
クローズアップし、長所伸展をさせて
上手にご縁を結んで生かす。
 
◎長所(強み)伸展法にしたがい、上手な生き方へチェンジ(本文内容省略)
 
◎長所、強みをクローズアップする。御所市の二宮さんの就農ケース
 
・ドリーム農場は、既に出荷している売り場を3つも持つ。そこの一角がGOP二宮農園。
・ドリーム農場は、2016年度中に新規オープンする道の駅にも出荷できる。
 そこの一員として出荷が可能。
 いざとなれば農場オーナーの人脈で農協ルートもある。
・ドリーム農場は、時期によって出荷時に2倍で売れるブランドニンニクを持っている。
・そのドリーム農場のレストハウス(民家)の真正面がGOP農園である。トイレや休憩にも便利。
・GOP二宮農園は、既に草に困らないウネの体制を整えた。
・無農薬なのに虫に困らない、稀少野菜ができるウネが稼働し始めた。
・売上1000万円プロジェクトに向けて30b各2行のウネが7列でき、9月10日までに全14列が整う。
・まだドリーム農場の農地を借り増すことができる。
 
・駅前にはタクシーがたくさん並んでいる観光地。葛城山ロープウェイ口には1`の近さ。
・新たなコミュニティをつくるべく若者を受け入れる86歳の夢多き自然農実践者がオーナーである。
・大下が初めて訪れた日に、「新規就農志向者を受け入れるように」との要望をただちに実施。
・土の耕盤層が当初20aしか細い鉄棒が入らなかったのに、10日程度で80a入る土に…。
・同じような耕作指向者が短期で5〜6人集まりだした。
・既に農産物加工品(黒ニンニク自社ブラント)を持っている。
・毎日、大阪の八尾まで野菜を運んでいる。このルートを拡大することもできる。
・農場の社長が困っていることの応援ができる。助け合いの「結い」が構築できる。
・一言、言ったことを叶えてくれる、有名な一言主神社がすぐそばにある。
・神々が天降りした高天原がある。そこには高天神社があり、雄略大帝の皇宮跡もある。
・加茂神社系の元宮(総本山)高賀茂神社、賀茂ツガ神社がある。
・日本の神社12のネットワーク頂点のうち、5つまでがここ御所にはある。
・葛城氏「葛城、平群、巨勢、蘇我」の本拠地である。
・猪が出没する。猪鍋が期待できる。切り出して使える竹がたくさんある。(笑
 
以上の長所を拾い出してみると、二宮さんは、専業が可能という結論になる。
長所を拾い出してみると、その長所が長所としてのエネルギーを発揮しだす。
それは、ツキを呼び込む法則のひとつ。それを味方にする。
 
おおした
posted by 大下伸悦 at 20:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

農聖、中島翁に学ぶ

執筆原稿より
◎農聖,中島翁に学ぶ身の丈に合わせた土地活用法.「例え体力が有り余っていても、ひとり当たり5eをはみだすのは、
慎んだ方がいい」。
「ひとり当たり5eあれば食べていくのには困らない」。
「等身大の暮らしができたらそれでいいではないか」。
「欲張らない方がいい」と、中島さんは、
そのご著書「農家が教える自給農業のはじめ方(農文協刊)で
述べていらっしゃる。
「5eを超える分は、草を生やして緑肥の材料にしたり、
鶏ややぎを飼っていれば、その餌にもできる」とも…。
(中島さんは鶏を50羽飼っていらっしゃる).
たしかに私たちは、朝から晩まで農作業に明け暮れるために、
耕作シーンのある生活を選んだわけではない。
草取りという苦労を続けるために生まれてきたわけでもない。
 
ましてや、良心にそむき、ひとをだましたり、
陥れたりして収入を得るために生きているわけではない。
持って生まれた使命というものがある。
良心に素直にしたがい、
良心がよろこんでいるときこそ、
使命に生きているのだといえる。
それは、好きなこと、得意なことに秘められている。
また、良心への貢献によってこそ、
生きがいが創造されているのだ、
ということができる。
野菜などの栽培を目的としてしまえば、
使命に生きる生き方からは遠ざかる。
上手な生き方の本質にこそ、
たくさんの時間を空けていけるようにしたい。
中島さんの生き方からは、
「無理ムダを省き、心身ともに健康で長生きできているのは、
自分が担わされた自他への貢献の道を、
等身大で歩み続けていることでもあるのだ」と
いうことに気づかされる。
良心がよろこぶ生き方こそが、「使命に生きる」ことであり、
「生きがいの創造」がなされていくことなのだ。
posted by 大下伸悦 at 15:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

きっとうまくいく。当然うまくいく。

 さあ、白菜キャベツほうれん草の種子の
播き時、植え時である。

奈良の御所の畑は30mのウネが6本出来上がり、
そのうちの3本には、各2列の白菜が植えられた。

白菜はこの10日間が数少ない植え時の旬である。
巻かない白菜をつくるなら別だ。
白菜は葉っぱ40枚〜60枚で巻く白菜になる。
ちなみに
キャベツは葉っぱが20枚までは育たないと巻かない。
そのキャベツも苗で移植してきた。

ほうれん草も9月前半までには植えたいものだ。

土はまだできていなかった。水を掛けると
翌日まで水が引かない。

イノシシが出るという。
どういう対策を立てるのだろう。
栽培者の本気度が試されるところである。
幸い、道路わきの竹は使っていいことになって
いるらしい。

筑波と御所を取材してきたわけだが、
どちらが売上1000万円/10eに早く
到達するのだろう。

筑波の「真夏の白菜」は出版社でも大人気であった。

そうそう、その出版社での出版の件だが、
目次案と、出だしの数章を送っておいたのだった。
社長からGOサインがでた、とのこと。

本日、その旨、るみ編集長からメールが届いていた。
その前書きの案の触り部分だけ、載せておきます。
(ここだけのおひろめ)。

まえがき
私たちの一年の生活は、ご神事とともにある。
そのまつりごとの中心は、いつの時代も「食と農」であった。
そしてこの国はまた、「匠の国」でもあり続けている。

時代を問わず、この国は「過去から未来」へと、
少なくとも数千年間が「確たる太い棒のようなもの」で一直線に貫かれている。
それが日本である。


人類のひな型となるべく予め用意されている、世界に2つとない
永い永い歴史の国の継承者、それが私たちである。

天皇は、仁徳朝から今上天皇に至るまで、
この国の主人公(国民)を「国のみたから」と表現して、
その「みたから」の平穏を祈り続けてきた。

古来、この国の農はご神事なのであった。
そして、農は匠とともにあり、
「観えないはたらき」との対話を通して栽培という
創造行為を繰り広げ、そして積み重ねてきた。

栽培は紛れもなく、聖なるご神事であり続けた。

さて、先人の叡智の結晶である栽培技術を
丹念に検証していくと、
実にシンプルで、楽な「無理・無駄・ムラ」のない栽培法が
既に確立され、
それを踏襲すればいい、というところまで
上手な栽培が約束されているのであった。

野菜などの耕作に関わるのに、「うまいも下手もない」。
問答無用で草が生えないウネになってしまうのである。

虫に困らず、しかも無農薬でいいのである。
既に、赤字になりようのない栽培法が、
先人たちによって確立されていたのである。

しかも、ビニールハウスである必要がない、と
いうことを見いだしたときは、
胸が透く想いがしたものだった。

それに、シロウトでも10e(300坪)1000万円の
売り上げを身近な目標に掲げることができる。

ようするに、出回らないはずの稀少性の高い、
高値で売れる野菜の栽培法までが
既に確立されているのだから、
決してその目標のハードルが高いというわけではない。

言っておきたいことがある。
シロウトはシロウトらしく、
シンプルな手順にしたがって、
そのノウを踏襲すればいいだけだ。

実際、実践するのは、「なんだ、こういうことか」、
と思われるようなシンプルさである。

 プロの栽培技術者にとっては、
いままで行ってきたことばかりなのだ。
何を今更と思われることだろう。

「シンプルだが、無農薬で、草と虫に困らず、
バイヤーカが高値で買っていくような
稀少性のある野菜を栽培する」と
いうだけのことだ。
もちろん私という存在があればこそだ。

過去にこだわれば「赤字の蓄積を嘆く」ことになる。
今現在を創造的に生きることで、
いまが代わり未来が変わる。
プロを自負するあなたが、赤字を嘆くというなら、
ご自身の長所を拾い上げてみたらいい。

人脈やら販路やら、天気を読む術やら、
植え時や収穫時などに長じていらっしゃるではないか。

シロウトとは違う。
まさにプロならではの「強み」をたくさんお持ちなのである。

しかし、嘆きの材料があるとするなら、
関係者とのしがらみや、複雑化や機械化が経費を跳ね上げてきた
結果かもしれない。

たくさんの強みをお持ちの方が、
「やり方を変えてみるいいチャンス」を迎えたのだ
といえるのではないか。

いままで積み上げてきた豊富な経験が、
更に生きてくるような転機が訪れたのだ、
ということが言える。

 いままでケミカルな栽培に誘導されてきた
不債先行の流れを見直して、
本来の工夫力を発揮するタイミングを迎えることが
できたのだといえる。

映画黒ネコのなかに
「変わろう。変われなければ消え去るのみ」という
名台詞があったというが、
なかなか、言い得て妙ではないか。

農事の神さまは、変わるタイミングをみて、
この本を手にとらせたのかも知れない。

 ところで、しょせん、運のいい人にはかなわないのだが、
こういう時期に気になる神社へ行くと、
運が引き寄せられる、というようなことは
無視しない方がいい。

さて、私自身の話だが、耕作に関わっていけばいくほど
、先人の叡智と技術の蓄積には驚かされてしまう。

ここまで

おおした
posted by 大下伸悦 at 18:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする