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2014年04月16日

ベランダ栽培用の土

お待たせしました。

ベランダや屋上でのプランター栽培用の土の
紹介です。 
 

●山崎社長の カーボンバーク土壌資材
http://enngroup.shop-pro.jp/?pid=73944746

 
●中村社長の はふうの土
http://enngroup.shop-pro.jp/?pid=73945175

ブレンドしてもいいでしょう。

−−−−−−−−−

ビルの屋上で育った野菜から採った種を露地の畑に
移すと、強靭な生命力を発揮します。
もっとも私のつたない経験から得た経験則では
ありますが…。

 港区青山のビルの屋上での野菜栽培は、屋上全体(足場を
除く)に土を入れた本格的な畑でした。
ここを含めて3ヶ所で行っておりましたが、ここ青山での栽培は
キュウリやトマトやジャガイモ、ピーマン・ナスなどでした。
屋上での栽培は鳥に荒らされやすいのですが、私の区画だけは
無害でした。例えばキュウリは地這いのものを選べば
支柱を立てる手間も省けて鳥の害にも遭いません。

 また、北新宿のビルの何十畳もあるようなベランダでは
ペットボトルでの稲の栽培や大豆の栽培試験を行っておりました。
2g入りのペットボトル48本で栽培をしたのですが、床も横壁も
コンクリートですから稲には過酷すぎる環境で半日もすれば
水が枯れてしまうような状態でしたが、秋には見事に実って
くれました。
 その稲の籾(もみ)が翌年、神奈川県の葉山(20年前の田んぼ)
の即席田んぼに植えられ、2日ごとに土壌がひび割れるような
水枯れにあっても枯れない強靭さを発揮してくれました。

 実はその時の籾(もみ)が愛おしくていままで保管してあったの
ですが、果たして今年植えたとして実ってくれるものなのかどうか。
(もう4年前になる)

 大豆は、種を植える代わりに土の上に露出しておいて
その上に竹を繊維状に砕いたものを乗せて置くだけの栽培法
でしたがこれは大成功でした。しかも過酷なビルのコンクリートの
照り返しのなかで見事に育ちきるのですからすごいものです。

この大豆は後に兵庫県西脇市(羽安)の畑に大谷さんたちによって
植えられた大豆の一部になりましたが、収穫された大豆は手づくり
味噌となって帰ってきました。

 稲にも大豆にもジャガイモにも尊い命の循環があって、それに
かかわる自分たちにも同じように寄せては還す命の巡りがあるという
ことがよく実感できるのですよね。

 私は果物を分けていただくと食べ終えた後の種の植え場所を
探すのに時間を割かなければいけないので、なるべく果物は
食べないようにしてきたのですが、思い起こせばあちらこちらに
根付いて大木になっている木がたくさんあります。

種って命ですからね。どうも、ぽいっと捨てるのには抵抗があります。
なかには「ここに植えたらまずかったかな」、と思われるところに
生えていると「やったね」、と合図を送りながらも、ついキョロキョロして
しまいます。

 さて、土を深く掘り返すことなく6カ月ぐらいで鉄の棒が1メートルぐらい
入っていくようなフカフカの土壌づくりが達成できるかどうか、
その試みを行う下準備ができたので、いよいよ本日をその初日と
いたします。

楽しみですね。

大下
posted by 大下伸悦 at 10:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月10日

おりょうさんと一緒

今月の7日からの農作業は龍子(りゅうこ)さんと
ご一緒している。
ニックネームは「おりょう」さんである。
彼女とご一緒していると
なんだか自分が「竜馬」になった気分になる。
おかげさまでよく働かされる。
そういえば私のペンネームは「流水」であった。
なにか語呂が似ていていい感じである。
来週は19歳の学生農業実践家「悠人(ゆうと)
さんも合流する。
彼にはまず米作りをきわめてもらうことに
なるだろう。
日本の農業を変える存在になるやも知れぬ。
楽しみな存在である。
横のつながりで
「新時代の農業を楽しむ学生連合」といった
ような流れが出てくるのではないか。
わたしも若さには相当自信があるが、彼には
負けるような気がする。
しかし私には「本物の農産物がついている」ので
いい線をいくのではないか。
しかし今日は早朝から働かされた。
初めにビニールハウスを夏用に衣替えした。
トマトときゅうりとナスとピーマンの品種が
さらに増えた。
スイカ畑とカボチャ畑のスイカとカボチャも
増やした。
メロンも初登場。オクラに赤ピーマン黄ピーマン、
レタス類も充実してきた。
あれあれ、ピーマンが自生している。
しかもたくさん生えてきたではないか。
畑って面白いねぇ。
飽きが来ない。
ついつい働きすぎる。
おりょうさんに戴いた人参チャーハンが
すごくおいしかった。
人参が自分たちの農園の人参だということも
あるし、レタスもそう…。
それにしても、肉厚のホウレンソウには
感動をおぼえる。
土に触れるってほんとうに楽しい。
大下
---------------

田んぼのの中に足を踏み入れたのは
3年間で3回だけ…。

どういうわけか、たわわに実っているのである。
3年間で3回というのは、稲を刈り取るためだけに
入ったという意味である。

土起こしはやっていない。
畦の修復もやっていない。
水も引き入れていない。
モミも蒔いてはいない。
苗だって植えてはいない。
草取りもしていない。

それなのに秋になると
たわわに実っているのである。
その時も草が生えていない。
稲の周りは苔むしている。

その田んぼの周りはごく普通の農家さんが
ごく普通の手順を踏んで秋の収穫時期を
迎える。

収穫量は変わらない。
京都のある田んぼでのできごとである。

そのモミを保管しておいた。
今年はこのモミを苗にしてみよう。

そこで昨日(4月9日)モミの浸水を開始した。
観賞魚の水槽に使うブクブクモーターを使う。
これは一般的に用いられているやり方ではある。
しかし知らなければ水替えを頻繁に
やらなければならない。
水が腐るからだ。
知っていれば簡単だが、知らなければ
苦労する。
例えば、草取りにあくせくすることなく
楽に楽しむ農業のやり方がある。
しかし、知らなければ草取りで
苦労することになる。

され、浸水を終えたモミの水切りは洗濯機
(脱水装置)で行う。
ほんの数分でサラサラになる。

植える田んぼは、蛍が舞う田んぼだ。
白鷺(しらさぎ)は初年度、8羽来るように
なった。やがて32羽がたむろすようになった。

今年はこちらの田んぼにも舞い降りることだろう。

それにしても一面のレンゲ畑が美しい。
どうしてだろう。
うちの田んぼだけである。
昨年の暮れ、ここの田んぼに自分で
レンゲの種を蒔いている夢を見たが、
その夢のせいなのかもしれない。

昨日は畑の近くに自生している「イチゴ」を
友人が20株弱採集してくれた。野イチゴでは
なく栽培種なのだが、野に自生している。
さっそく、ビニールハウスに移植した。
10年以上前に植えられたものだと思われる。
農薬も肥料もなしでうまく実るのだろうか。
2〜3年は栽培し続けてみたい。
2年目も3年目もものるだろうか。
どうも実るものらしい。

さて、野生のダイコンが一斉に花を咲かせていて
美しい。

10年以上前、ここはだいこんの畑だったという。
ダイコンにも劇的なドラマがある。
ダイコンは「四の五の言わず、ベストを尽くして
生き抜いてきたのだ」、といえる。
昨年は120本採集した。
なにか感動をおぼえるのである。

昨年、この荒れた畑の中央に私が両手を
広げて直立した以上の背丈になって種をつけた
ダイコンの茎があった。
ダイコンの茎が想像を絶するような大きさに
なってたくさんの種を付けていた。

おそらく誰も信じようとはしないだろう。
友人の菅原さんが興奮して現地から
電話をしてきたのを思い出す。
たしか、写真にもとってあるはずだ。

そんなことを書き綴っているうちに東の空が
白んできた。

さあ、今朝の空気を吸いに行こう。

大下

 猟師さんの話は続く。

「鹿に2度食べられたところの田んぼの苗には
稲の穂が実らない、と被害にあった農家さんが
言っていた」。

「ミカンなどは当然の御馳走なのだが
木の枝が折られてしまう。枝を折ってまでして
果樹を食べるのだ」。(サルの話は出なかった)。
「一度、枝の折り方を学習してしまえば
それは鹿たちの文化になってしまう」。

「鹿や猪を駆除するのは
けもの道を知らなければ無理だね」。
「けもの道の存在と詳細な位置が継承されて
いかなければ
後進が駆除の必要を思い立っても
時すでに遅し、ということになりかねない」。
-------------
四国の農園から見える四方の山は標高が低い。
この山々の景色は針葉樹が少ないため、四季の
色彩が豊富なのだ。

しかし、鹿たちは本来の生息地、奥山での生活より
里山や田園地帯の「おいしい野菜場や果樹場や
やわらかな苗場」周辺での生活を好むようになった。

そうそう、針葉樹の根は浅いというような認識が
広がっているようだ。が、しかしそれは違う。

落葉樹の根は浅く横に広がっていくが、
針葉樹の根はむしろ縦に深く伸びていく。

この、地面の下での根の張りの特性は、
地面の上での枝の形状と相似している。

落葉樹、広葉樹は枝を横に大きく広げていくが、
針葉樹は縦に高く伸びていく。
針葉樹は栄養や水分を空中からとっている。

50年ほど前には全国的に杉の植林が奨励された。
過密に植林された杉の根はいよいよ横に広がる
ことができなくなった。
大雨で土が流されやすくなったのは、
一つには横への根の広がりが少ないためであり、
枝打ちがなされなくなったため、土壌に太陽光や
風の恩恵が届きにくくなったためなのだといえる。
土壌の力が弱まれば土は流されやすくなる。

自然界は不自然な植生を自然に戻そうとする。
植林された杉林は、じわりじわりと自然な形に
復元されていく。それを行うのはもはや人間ではなく
自然界である。

杉の木を植えても鹿や猪が里に下りてくることはなかった。
炭焼きがすたれれば太陽光が地面に光を届けることが
できなくなる。
「炭焼き」と「枝打ち、下草刈り」がなくなれば地面の力は
衰える。動物たちは、太陽光にあたって元気のいい地面を
求めて移動を始める。

人も動物も太陽光にあたらなければ上手に生きていく
ことができない。

しかし、牛を山に放てば牛が山をよみがえらせる。

大下






















































大下
posted by 大下伸悦 at 20:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年の苗のものがたり



田んぼのの中に足を踏み入れたのは
3年間で3だけ…。

どういうわけか、たわわに実っているのである。
3年間で3回というのは、稲を刈り取るためだけに
入ったという意味である。

土起こしはやっていない。
畦の修復もやっていない。
水も引き入れていない。
モミも蒔いてはいない。
苗だって植えてはいない。
草取りもしていない。

それなのに秋になると
たわわに実っているのである。
その時も草が生えていない。
稲の周りは苔むしている。

その田んぼの周りはごく普通の農家さんが
ごく普通の手順を踏んで秋の収穫時期を
迎える。

収穫量は変わらない。
京都のある田んぼでのできごとである。

そのモミを保管しておいた。
今年はこのモミを苗にしてみよう。

そこで昨日(4月9日)モミの浸水を開始した。
観賞魚の水槽に使うブクブクモーターを使う。
これは一般的に用いられているやり方だが、
知らなければ水替えを頻繁にやらなければ
水が腐る。
知っていれば簡単だが、知らなければ
苦労する。

水切りは洗濯機で行う。ホンの数分で
サラサラになる。

植える田んぼは、蛍が舞う田んぼだ。
白鷺(しらさぎ)は初年度、8羽来るように
なった。やがて32羽がたむろすようになった。

今年はこちらの田んぼにも舞い降りることだろう。

それにしても一面のレンゲ畑が美しい。
どうしてだろう。
うちの田んぼだけである。
昨年の暮れ、ここの田んぼに自分で
レンゲの種を蒔いている夢を見たが、
その夢のせいなのかもしれない。

昨日は畑の近くに自生している「イチゴ」を
友人が20株弱採集してくれた。

さっそく、ビニールハウスに移植した。
10年以上前に植えられたものだと思われる。

野生のダイコンが一斉に花を咲かせていて
美しい。

10年以上前、ここはだいこんの畑だったという。
ダイコンは「四の五の言わず、ベストを尽くして
生き抜いてきたのだ」といえる。
なにか感動をおぼえる。

昨年、この荒れた畑の中央に私が両手を
広げて直立した以上の大きさになった
ダイコンが想像を絶するような種を付けた。

たしか、写真にもとってあるはずだ。

そんなことを書き綴っているうちに東の空が
白んできた。

さあ、今朝の空気を吸いに行こう。

大下

 猟師さんの話は続く。

「鹿に2度食べられたところの田んぼの苗には
稲の穂が実らない、と被害にあった農家さんが
言っていた」。

「ミカンなどは当然の御馳走なのだが
木の枝が折られてしまう。枝を折ってまでして
果樹を食べるのだ」。(サルの話は出なかった)。
「一度、枝の折り方を学習してしまえば
それは鹿たちの文化になってしまう」。

「鹿や猪を駆除するのは
けもの道を知らなければ無理だね」。
「けもの道の存在と詳細な位置が継承されて
いかなければ
後進が駆除の必要を思い立っても
時すでに遅し、ということになりかねない」。
-------------
四国の農園から見える四方の山は標高が低い。
この山々の景色は針葉樹が少ないため、四季の
色彩が豊富なのだ。

しかし、鹿たちは本来の生息地、奥山での生活より
里山や田園地帯の「おいしい野菜場や果樹場や
やわらかな苗場」周辺での生活を好むようになった。

そうそう、針葉樹の根は浅いというような認識が
広がっているようだ。が、しかしそれは違う。

落葉樹の根は浅く横に広がっていくが、
針葉樹の根はむしろ縦に深く伸びていく。

この、地面の下での根の張りの特性は、
地面の上での枝の形状と相似している。

落葉樹、広葉樹は枝を横に大きく広げていくが、
針葉樹は縦に高く伸びていく。
針葉樹は栄養や水分を空中からとっている。

50年ほど前には全国的に杉の植林が奨励された。
過密に植林された杉の根はいよいよ横に広がる
ことができなくなった。
大雨で土が流されやすくなったのは、
一つには横への根の広がりが少ないためであり、
枝打ちがなされなくなったため、土壌に太陽光や
風の恩恵が届きにくくなったためなのだといえる。
土壌の力が弱まれば土は流されやすくなる。

自然界は不自然な植生を自然に戻そうとする。
植林された杉林は、じわりじわりと自然な形に
復元されていく。それを行うのはもはや人間ではなく
自然界である。

杉の木を植えても鹿や猪が里に下りてくることはなかった。
炭焼きがすたれれば太陽光が地面に光を届けることが
できなくなる。
「炭焼き」と「枝打ち、下草刈り」がなくなれば地面の力は
衰える。動物たちは、太陽光にあたって元気のいい地面を
求めて移動を始める。

人も動物も太陽光にあたらなければ上手に生きていく
ことができない。

しかし、牛を山に放てば牛が山をよみがえらせる。

大下






















































大下
posted by 大下伸悦 at 06:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする